歴史資料

絵で見る江戸のくらし ⑥ 江戸時代に何故「ちょんまげ」が定着したのか?

文・絵=善養寺ススム

江戸時代に何故「ちょんまげ」が定着したのか?

 江戸時代の男性の髪型と言えば「ちょんまげ」でございますね。正確に申しますと「ちょんまげ」は小さな髷(まげ)のことをさしますので、「月代(さかやき)に髷」です。
 月代というのは、額から頭頂部を剃るもので、髪の毛を後ろで束ねて、これを前に向けて折り「曲げて」結んだのが「髷」です。


江戸時代になると町人も月代を剃るのが常識となる。月代の手入れは、毎日〜三日以内なので、経済状態の鏡でもあったと思われる。『江戸の町とくらし図巻』より

 月代は平安時代に始まる武士の風習で、戦の兜(かぶと)を被るために行われるようになりました。そして、室町時代には「戦場に赴く準備や覚悟」という意味も含まれるようになったと考えられます。
 しかし、戦争のある時代に、月代を剃る理由は納得できますが、何故、戦争のない江戸時代になって、月代が庶民にまで広まったのでしょうか? これが、とても不思議です。現在、得られる資料にはこれを説明したものはございませんので、恐らく、風習として広まったのだと思われます。しかし、風習になるには合理的ではないにしろ、文化的な理由があるものです。
 そこで、月代の利点を感じるために、実際に自分で月代に髷を結って、ひと月生活するという実験をしてみました。
 この実験で分かったことは、

月代を剃ると、とてもさっぱりする。
朝剃っても、髭と同じように夜にはじゃりじゃりする。
三日以上放置すると、だいぶだらしない印象になる。
自分では整えられない。
頭を洗うのが簡単だ。
意外に似合うし、違和感がない。
着物がとてもキマる!
頭に手拭いを乗せても、簡単に落ちない。笠(かさ)の座りがいい。

と、いうことでした。
は、身嗜(みだしな)みに関することで、髭でも同じことが言えますからわかりやすいですね。つまり、綺麗に剃っていると《ちゃんとしてる感》が演出できるのです。


子供は頭頂部だけを剃る《前髪》というスタイル。十五歳で元服すると前髪を落とし月代を剃ることが、大人の仲間入りを象徴する。

 中でもからは、身嗜みとして月代が受け入れられた理由が想像できます。今では電気シェーバーを用いて自分で剃れますが、当時は自分では剃れません。ですから、綺麗な月代は、武士なら仕官している。庶民なら務め人である、または、床屋に通える経済力があることを意味します。
 は頭を洗うのが簡単なので、衛生的です。これは、頭を下げて挨拶をする日本人にとって、メリットがあります。
 はファッションです。現代に月代という異様な髪型のわりには意外に好評でした。着物との相性はもちろんバッチリです。町を歩いていると、とてもモテました。それは、一種のコスプレ的な要素もあるかと思いますが、《拒否される印象を与えない》ということが大事な点です。もちろん、「研究のためにやっている」ということを知らない人の中には「ふざけている」という印象を持つ人もいました。それは逆に、現代の身嗜みという枠から外れているという感覚でしょう。
 そして、は実用面です。直射日光が当ると熱いのですが、手拭いや笠はザラザラした髪が食いついて、とても座りがよいのです。おそらく、外出で笠を被る人は、とても便利だったと想像できます。
 これらのことから導き出した私の答えは、《兜のための髪型➡戦場へ赴く意思表現➡武士の正装➡武家文化を中心とした身嗜みとなった》という流れで、今日の髭ナシ、スーツにネクタイに似た、身嗜みの基本として、広く普及したのではないか、ということです。


善養寺ススム


1965年生まれ。『江戸の用語辞典』(廣済堂出版)著者。イラストレーター、江戸研究家。江戸時代に育まれた「江戸の間(ま)思考」を研究。その他『江戸の町とくらし図鑑』『江戸の人物事典』『江戸の女子図鑑』『東海道中栗毛弥次馬と江戸の旅』など

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