歴史資料

次の百年をめざして 旧余部鉄橋

 

 

 かつてJR山陰本線の鎧駅~餘部(あまるべ)駅間にかかっていた旧余部鉄橋は、明治四十五(一九一二)年に二年半の歳月と二十五万人の人員をかけて完成した。当時、鋼材をやぐら状に組み上げたトレッスル式の橋脚としては東洋一の規模を誇り、住民にとって欠かすことのできない大切なインフラであった。その鮮やかな朱色と美しい構造は、多くの人々を魅了し続けた。
 山間の特殊な地形に架けられたために、同鉄橋は海からの強い潮風を受けやすく、鋼材を腐食から守るため「橋梁守」と呼ばれる職人たちの地道な維持管理が続いた。しかし、戦中戦後の資材不足などから次第に管理も手薄となり、老朽化を心配する声が上がっていた。大規模な修繕計画が実施され、橋脚の部材交換、補強改修工事が度々行われたのである。
 昭和六十一(一九八六)年十二月二十八日、突風にあおられ回送列車の転落事故が発生。運行規制が敷かれるも、安全性や定時性の確保、巨額な維持費の問題などからコンクリート橋への架け替えが決まり、多くの住民が橋との別れを惜しんだという。
 平成二十二(二〇一〇)年、着工から三年にして現在の「余部橋梁」が開通。その並びには、旧橋の橋脚三基と橋桁を残した展望施設「空の駅」が並ぶ。余部鉄橋は住民たちと新たな百年を歩み始めた。




昭和40年代、SLの臨時運行が行われたイベント時の写真。
住民は生活道路として、鎧駅まで鉄道を歩いて渡った。
(平成26年度選奨土木遺産)

 

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