歴史資料

建設産業の歴史と文化

建設産業の歴史と文化〜コンクリート編

東京大学大学院工学系研究科 石田哲也准教授

小樽港北防波堤

 国が発展する時、社会基盤やインフラが必要になります。まさに建設産業は、昭和の高度経済成長期において飛躍的な発展を遂げ、建設材料についても、さまざまな面で進化してきました。その代表的存在といえるのが、コンクリートです。いろいろな用途や機能に応えるため、また丈夫で長持ちするコンクリートをつくるために、材料、設計、施工、維持管理などに関する研究が日々続けられてきました。
 日本においてコンクリートの使用が広まったのは、明治以降、近代のポルトランドセメントの技術が輸入されたことがきっかけと言われています。ご存じのように、日本は古来より「木の文化」であり、欧州の「石の文化」とは一線を画していました。しかし、欧米の列強諸国に追いつくためには、木の文化に固執するわけにもいかず、鉄道や港湾などのインフラ整備のためにもコンクリート技術が必要とされたのです。
 こうした歴史的背景の中で進められたのが、1897(明治30)年に着工の「小樽港」築港工事です。「港湾工学の父」と称される廣井勇博士が総指揮を取った国家プロジェクトであり、廣井博士によって入念な調査、計画、設計、施工が実地されました。重機によってコンクリートブロックを斜めに積むことでつくられた防波堤の総延長は1289mにも達し、まさに日本におけるコンクリートの夜明けともいえる一大事業でした。そして、驚くべきことに、約6万個の試験体(モルタルプリケット)が作製され、定期的にセメント系材料の長期耐久性の実証実験まで行ったのです。
 コンクリート構造物は、自然災害から人間を守り、私たちの暮らしを支え、快適で便利な生活を実現するための社会基盤施設です。さまざまな環境において、少なくとも数十年、長ければ数百年にわたって使われ続けることになります。丈夫で長持ちするコンクリートができれば、私たちの子孫、さらにその先の世代まで、良質な社会基盤施設を引き継いでいくことができるのです。
 本誌『建設業しんこう』では、今号のコンクリートを皮切りに「建設産業の歴史と文化」をシリーズ化にしてお届けします。今後さまざまな建設材料や建設業の専門業種についても紹介する予定です。どうぞご期待ください。

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