歴史資料

温故知新 人々の歴史を渡す|清洲橋

清洲橋

 昭和三年(一九二八年)三月、隅田川橋梁群のひとつである清洲橋が完成した。深川の清澄町と日本橋中洲町の間に架けられたことから清洲の名が付けられ、関東大震災の帝都復興事業として計画された。ドイツのケルン大吊橋をモデルとする、「震災復興の華」とも呼ばれた優美な橋である。
 基礎工事には耐震性を強化するためニューマチックケーソン工法が採用され、吊鎖にはデュコール鋼を用いるなど、海外からの技術を取り入れたことにより美しい構造とデザインを可能にし、日本における橋梁技術は飛躍的に発展した。平成十九年(二〇〇七年)には、当時の最先端技術を駆使する、昭和初期を 代表する橋として永代橋、勝鬨橋とともに国の重要文化財に指定された。
 現在も人々の交通を支え続け、住民の避難路としても重要な役割を持つ清洲橋。その下垂曲線を描く姿は文化や景観を形成するものとして、東京のシンボルの一つとなっている。

正式名称/清洲橋
所在地/江東区清澄1~中央区日本橋中洲
設計/鈴木精一
施工主体/東京市復興局
橋桁製作/神戸川崎造船所
構造/三径間:鋼鉄製吊り橋
竣工/1928年(昭和3年) 3月

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