人材確保・育成

建設産業における労働者賃金の現状

建設産業における 労働者賃金の現状

芝浦工業大学 工学部建築工学科 教授 蟹澤 宏剛

 全産業労働者の平均年収が約530万円といわれる中、建設産業における技能労働者の賃金の実態は、非常に厳しいものとなっています。そして、それが本産業への若者の就労意識を減退、あるいは喪失させているといっても過言ではありません。そこで今回の特集では、本産業に関係が深い有識者、団体幹部の方などに、技能労働者の賃金の現状と課題、今後の展望などを伺いました。

総論|建設技能労働者の賃金


建設技能労働者の半数近くは「労働者」ではない?!


蟹澤教授

蟹澤教授

 技能労働者の賃金は、通常1日当たりの単価で表現されることが多い。これは、業界の共通理解ともいえよう。しかし、ここには単純ではない問題を含んでいる場合がある。
 第一に、本稿のタイトルにもある「技能労働者」であるが、建設業で働く「技能労働者」が労働関係法における「労働者」に該当することは希という事実がある。労働基準法では、「労働者とは職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用され、賃金を支払われる者」という定義がある。また、民法には、雇傭と委任、請負などの定義があるが、労働基準法上の労働者であるのは、このうち雇傭(雇用)に該当する場合だけである。「労働者」であれば、使用者(雇用者)と費用を折半して健康保険や年金、雇用保険に加入するのが一般であることからすれば、「技能労働者」に「労働者」といえる人が多くはないことは理解していただけるであろう。それがどれほどの割合かを正確に把握可能なデータはないが、少なくとも半数近くは「労働者」ではない可能性が高い。
 さらにいえば、雇用に対応する対価が「賃金」であるが、請負の場合は賃金ではなく報酬である。また、請負契約であるのに、日当を定めて「常用」として「雇われて」いて、「賃金」が支払われているのであれば、それは偽装請負である。
 要は、「建設技能労働者の賃金」には多義性があり、少なくとも3つのパターンが考えられる。1つ目は、正に労働者の賃金である場合。2つ目は、請負の報酬を出来高に応じて部分払いする場合に算定される賃金相当の金額。3つ目は、偽装請負の「賃金的な報酬」である。当然のことながら、3つ目は法律違反であるが、「応援単価」など、この業界では一般的に用いられてきた概念である。また、国から保険未加入問題を指摘されるまで、誰もこうした多義性に矛盾を感じることがなかったところに、この産業の基本的な問題がある。

技能労働者の賃金実態と担い手不足の要因


図1. 賃金構造基本統計調査(2013年)に基づく年収の比較


図2. 大工の年収の経年比較


 

 図1は、直近の賃金構造基本統計調査(2013年)から、大工、土工、電気工、比較対象として町工場の典型的技能労働者である旋盤工、そして、総合工事業(1,000人以上)の高卒者の年収を年齢階級別に示したものである。
 これによれば、建築技能労働者の代表格といえる大工の年収はピークでも400万円ほどでしかなく、熟練度が低いとされる土工と比較しても大差はない。電気工はすべての年代で大工を上回りピーク賃金で100万円以上の差がある。旋盤工も同様であり、高卒の総合工事業では倍以上の950万円となっている。
 これでは、いくらなんでも大工の賃金が低すぎるので、過去のデータと比較してみたのが図2である。ピーク年収が400万円というのは建設業のデータがある過去9年で最も低い(それ以前は「屋外労働者職種別賃金調査」)。この調査は、サンプル数がそれほど多くはないので多少のぶれを織り込む必要があるとしても、大工の賃金が高くはないことは紛れもない事実であろう。大工を鉄筋工や鳶、左官工などに置き換えても大差はない。
 この賃金水準の低さが、新規入職者が少なく担い手が減る主要因であることは間違いないが、金額以上に注目する必要があるのは、ピークの年齢である。大工は、年によって多少の差はあるが30歳代後半から40歳代でピークを迎え、電気工や旋盤工のように50歳代まで賃金が伸びることはない。技能の世界では、一人前になるのに10年、熟練にはさらに10年以上などといわれるが、賃金実態をみる限りは、熟練は反映されず、体力のピークが賃金のピークという単純な構図でしかない。これでは夢を描いて、その仕事に将来を託することができるはずがない。

技能労働者賃金に集約されるこの産業が抱える問題点


図3. 設計労務単価と賃金構造基本統計調査・※1 屋外労働者職種別賃金調査(屋賃)の比較(東京の大工)


※1 賃金構造基本統計調査は年収ベースであるため日当たり賃金は著者による推計値 ※2 2008年は賃金構造基本統計調査のデータがないため、また、2012年は異常値と考えられるため削除して集計

 では、なぜそうなるのか。本稿ではスペースも限られるので、以下に概略を述べておくことにする。

正規の雇用であれば、体力以外の要素が評価され、賃金ピークは遅くなる。それは、小さな町工場であっても正規に雇用されることが多い旋盤工の賃金カーブをみれば明らかである。

日本には、技能を客観的に評価するシステムがないが、請負であれば出来高により腕の善し悪しは判断できるので問題はないとされてきた。しかし、それは高度成長期のように単価が安定的に上昇し続ける前提でのみ成立するもので、ここ十数年のデフレスパイラルの中で機能不全に陥った。それに、施工のプレファブ化や機械の性能向上が相まって、ますます体力のピークと賃金のピークが一致しやすくなった。

そもそも、日本には技能労働者≒職人の定義がない。業務の遂行を制限する資格があれば、処遇が安定することは、電気工をみれば明らかである。

 これ以外にも、技能労働者の賃金問題には、法定福利費の確保や担い手育成の経費など検討すべき課題は多い。今回、詳述のスペースはないので、概略を述べるのみとするが、図3に示すように、設計労務単価と、賃金構造基本統計調査・屋外労働者職種別賃金調査の数値には昔から乖離があり、後者が1~2割低い。すなわち、設計労務単価から経費を差し引いた額が、実際の賃金相場になっている可能性が高い。
 以上のように、「建設技能労働者の賃金」には、この産業が抱える問題が集約されている。労働者であること、賃金であること、これを法令遵守、フェアトレードの観点から突き詰めていけば、多くの問題が解決されるはずである。




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